甲状腺の病気は健康診断で引っかかる?甲状腺の病気が疑われる症状も解説
「最近、疲れやすくなったが健康診断では特に異常がない」
「体の不調の原因が甲状腺の病気である場合、健康診断を受けていれば判明する?」
「どのような症状がある場合に甲状腺の病気である可能性があるのか知りたい」
体の疲れやすさや不調に悩まされている方の中には、甲状腺の病気である可能性を疑っている方もいるかと思います。
甲状腺は喉仏の下あたりにある小さな器官で、ここでは甲状腺ホルモンと呼ばれる物質が作られています。
私たちの体の中の活動は、ホルモンという物質のはたらきによって維持・調整が図られており、甲状腺ホルモンもそのうちの1つです。
具体的には、エネルギーの消費や新しい細胞を作り出す代謝という現象に関わったり、心臓や血管のはたらきを助けたり、さまざまな役割を担っています。
そのため、甲状腺の病気になると、甲状腺ホルモンの量に変化が生じ、体のさまざまな箇所で不調が現れます。
甲状腺の異変を早期に発見するためには、定期的に健康診断を受診し、自らの体調の変化などを把握することが有益です。
もっとも、甲状腺の病気と健康診断の検査項目の関係については、いくつか注意すべきポイントがあります。
本記事では、甲状腺の病気が健康診断で判明するかどうかについてご説明します。
また、甲状腺の病気の分類や甲状腺の病気が疑われる具体的な症状についても合わせて解説します。
甲状腺の病気は、早期に検査を受け、適切な治療を行うことで症状の改善や完治が期待できます。
体の何気ない不調から甲状腺の病気の可能性を考え、検査や受診のきっかけとなれば幸いです。
1.甲状腺の病気は健康診断で判明するのか
一般的には、健康診断で甲状腺の病気が見つかることは少ないです。
甲状腺の腫れやしこりを健康診断の問診や周りの人に指摘されて専門の医療機関を受診したところ、甲状腺の病気であることが判明するケースもあります。
もっとも、甲状腺の病気によっては腫れやしこりが目立たない場合や現れない場合もあり、特徴的な症状にも乏しいことから見過ごされてしまうことが多いです。
なお、健康診断の検査項目は一般的には以下のものがあります。
- 既往症および業務歴の調査
- 自覚症状および他覚症状
- 身長・体重・腹囲・BMI
- 視力・聴力検査
- 胸部X線検査
- 心電図検査
- 血液検査
- 尿検査 など
甲状腺の病気の中には、体重の増減や血圧の変化などが見られるものもありますが、これらは生活習慣との関係で取り扱われることが多く、甲状腺の病気が疑われるまでに至らないケースが見られます。
また、胸部X線(レントゲン)検査でも、通常は甲状腺までは写ることがないため、健康診断を受けただけでは甲状腺の病気であることを特定するのは難しい場合がほとんどです。
なお、血液中の甲状腺ホルモン濃度を測定することで発見に至ることがあるものの、通常の健康診断では甲状腺ホルモン濃度が測定されることはなく、人間ドックやオプション検査を受けて甲状腺の病気が疑われるケースがあるにとどまります。
また、通常の健康診断で測定されるコレステロール値なども甲状腺の病気によって変動することがあるものの、生活習慣などとの関係でとらえられることが多く、見逃されてしまう要因になっています。
そのため、健康診断を受診しているだけでは、体の異変に気づくことができても、甲状腺の病気が見つかるまでは期待できないことに注意が必要です。
定期的に健康診断を受診していることを過信せず、少しでも体に異常を感じた場合には、必要に応じて内分泌科などの専門の医療機関で精密検査を受けることが大切です。
2.甲状腺のはたらきと甲状腺ホルモン量の調整
甲状腺では、甲状腺ホルモンと呼ばれる物質が作られています。
ホルモンという物質は、私たちの体の中の細胞や組織のはたらきを維持・調整するために重要な役割を果たし、甲状腺ホルモンもそのうちの1つです。
例えば、肝臓で栄養素の分解・吸収を促進したり、心臓や血管のはたらきを助けて基礎代謝を活発化したりするほか、自律神経系のはたらきの維持・調整にも関わります。
これらの活動が正常に行われるためには、作り出される甲状腺ホルモンの量が適正な水準を維持していることが重要です。
甲状腺ホルモンの量を調整するのに大きな役割を果たしているのが、脳にある下垂体前葉という器官です。
具体的には、下垂体前葉から甲状腺に対して放出される甲状腺刺激ホルモン(TSH)と呼ばれる物質が甲状腺ホルモン量の維持・調整に関わります。
例えば、血液中に放出された甲状腺ホルモンの量が適正水準を下回った場合には、下垂体前葉の上位にある視床下部が下垂体前葉にはたらきかけ、甲状腺刺激ホルモン(TSH)が放出されます。
甲状腺には甲状腺刺激ホルモン(TSH)を受け取る受容体という組織があり、甲状腺刺激ホルモン(TSH)がこの受容体にはたらきかけることで、甲状腺ホルモンが作られ、血液中に放出されることで適正量に戻ります。
また、血液中の甲状腺ホルモン量が多い場合には、視床下部が甲状腺刺激ホルモン(TSH)の放出を抑制するようにはたらきかけることで、甲状腺ホルモン量が減少し、適正量が保たれます。
このように、甲状腺ホルモンの量は甲状腺刺激ホルモン(TSH)という物質によって維持・調整が図られることで、私たちの体は正常に活動を行うことができているのです。
そのため、甲状腺の病気になってしまうと、このような甲状腺ホルモン量のバランスが失われてしまい、さまざまな不調や症状が現れることになります。
具体的な甲状腺の病気や甲状腺の病気が疑われる症状については、次項以下で詳しく解説します。
3.主な甲状腺の病気とメカニズム
甲状腺の病気には、甲状腺の機能に異常をきたすもののほかに、細菌やウイルスの感染による炎症性疾患、甲状腺にできる腫瘍など、さまざまなものがあります。
具体的には、以下のようなものがあります。
- バセドウ病
- 慢性甲状腺炎(橋本病)
- 亜急性甲状腺炎
- 良性腫瘍
- 悪性腫瘍(甲状腺がん)
それぞれのメカニズムについてご説明します。
(1)バセドウ病
バセドウ病は、自己免疫系を原因として起こる甲状腺の病気です。
自己免疫とは、体の中に細菌やウイルスなどの異物が侵入した際にこれを攻撃し、排除する体の中の防御反応のことをいいます。
バセドウ病では、自己免疫機能が甲状腺刺激ホルモン(TSH)受容体を異物と判断してしまい、これに対する自己抗体が作られることで、受容体が刺激され続けます。
これによって甲状腺において作り出される甲状腺ホルモンの量が増加し、血液中に過剰に放出されてしまうことによって、体の細胞や組織のはたらきが通常よりも高められてしまうことで、さまざまな不調が生じてしまいます。
バセドウ病の治療では、甲状腺ホルモンが作り出されるはたらきを抑制し、血液中の甲状腺ホルモン量を正常に戻すことを目的に抗甲状腺薬による薬物療法が行われることが多いです。
もっとも、副作用が強い場合や甲状腺がんを合併しているようなケースでは、甲状腺の一部または全部を摘出する手術療法がとられることもあります。
その場合には失われた甲状腺機能を補うために甲状腺ホルモン薬を継続的に服用しなければならなくなるなど、予後にも一定の影響が生じる可能性もあります。
(2)慢性甲状腺炎(橋本病)
慢性甲状腺炎は橋本病とも呼ばれ、バセドウ病と同じく自己免疫系による病気です。
バセドウ病とは異なり、甲状腺自体に対する自己抗体が作られることで、この自己抗体が甲状腺を攻撃してしまい、慢性的な炎症反応が生じることに特徴があります。
甲状腺の組織が徐々に破壊されていくと、甲状腺ホルモンを作り出すことができなくなってしまい、血液中の甲状腺ホルモン量が不足してしまいます。
これによって、体の中の細胞や組織の活動が停滞してしまい、さまざまな不調や症状が現れます。
もっとも、橋本病になったすべての人について甲状腺ホルモン量の低下が生じるわけではありません。
炎症反応が重篤でない場合には、甲状腺ホルモン量は正常な水準に維持されている症例も多いです。
そのため、橋本病であることが判明しても、甲状腺の機能自体に問題がなく、甲状腺ホルモン量も適正水準が維持されている場合には特に治療を要しないこともあります。
もっとも、甲状腺の組織の破壊が進み、甲状腺ホルモン量が低下している場合には、不足している甲状腺ホルモンを補うために甲状腺ホルモン薬を投与する薬物療法がとられます。
(3)亜急性甲状腺炎
亜急性甲状腺炎は、甲状腺に炎症反応が現れることによる病気です。
炎症反応が現れる原因については明確に特定されていませんが、ウイルス感染が原因であるとされています。
異物が侵入することによって免疫機能が反応して炎症反応が生じ、異物を排除する過程で甲状腺の組織が破壊されてしまい、甲状腺ホルモンが大量に血液中に放出されることでさまざまな影響が現れます。
発症してから数か月後には甲状腺の組織も修復されるため、次第に症状が収まる一方で、甲状腺組織の修復が不完全である場合には甲状腺ホルモンが十分に作られず、今度は甲状腺ホルモンが不足してしまうケースも見られます。
ほとんどは2~4か月程度で自然治癒しますが、その間に甲状腺ホルモンが過剰な状態と甲状腺ホルモンが不足している状態が交互に現れる点が特徴です。
症状が軽度である場合には特に治療を要さず、経過観察を行うことがほとんどですが、症状が重い場合にはステロイド薬や非ステロイド抗炎症薬の投与によって炎症反応の抑制・緩和を目的とした治療が行われます。
(4)良性腫瘍
甲状腺に生じる腫瘍には、良性のものと後述する悪性のもの(甲状腺がん)があります。
腫瘍とは、細胞が過剰に増えたり、大きくなったりする現象のことをいいます。
細胞の増殖や成長については、体の中でバランスが保たれていますが、そのバランスが失われてしまい、過剰な増殖や成長が見られる状態のことを指します。
甲状腺にできる腫瘍の90%以上は良性腫瘍であり、甲状腺の組織が外部の刺激を受けて、甲状腺の一部が腫れたり、一部にしこり(結節)が生じたりするのです。
組織の中に水分や血液が貯まることで生じる頸部のう胞などの場合には、時間の経過とともに水分や血液が吸収されるため、自然と腫れやしこりが収まるケースが多いです。
また、後述する悪性腫瘍(甲状腺がん)とは異なり、ほかの組織や臓器に転移することもないため、基本的には経過観察による対処療法がとられます。
もっとも、腫れやしこりの成長が著しく、気管などのほかの組織を圧迫する場合には摘出などの外科的措置がとられることもあります。
(5)悪性腫瘍(甲状腺がん)
甲状腺に生じる悪性の腫瘍を甲状腺がんといいます。
一般的ながんと同じく、甲状腺の組織の一部ががん化することで生じるほか、甲状腺以外にできたがん細胞が甲状腺に転移して生じることもあります。
甲状腺がんが生じる原因についてはさまざまなものがありますが、放射線による治療を受けたことや食習慣などが関わることがあるという報告もあります。
甲状腺の組織にできるがんには、主に以下のような分類があり、このうち甲状腺がんの90%近くを占めるのが乳頭がんです。
- 乳頭がん
- 髄様がん
- 濾胞がん
- 未分化がん
- 悪性リンパ腫
なお、甲状腺がんはほかの組織や臓器にできるがんと比較すると、進行が緩やかなことが特徴です。
そのため、早期に発見することができれば、予後は良好なケースが多く見られます。
もっとも、甲状腺のしこり以外に目立った自覚症状に乏しく、甲状腺のしこりが大きくなった時点で異変に気づくことも多いです。
また、甲状腺がんの中でも未分化がんは悪性度が高く、がんの進行に伴って気管が圧迫され、声のかすれや息苦しさなどの症状が現れることがあります。
甲状腺がんの中でも、髄様がんは比較的進行が早く、肺や肝臓などの臓器に転移しやすいことが知られています。
また、濾胞がんはリンパ節への転移が起こりにくいものの、肺や骨などに遠隔転移する可能性もあり、早期に摘出手術などの措置が必要となることが多いです。
特に甲状腺にしこりができる以外に目立った症状がないため、良性腫瘍と見分けることが難しいケースも見られます。
進行を放置することで、がんの転移などが起こり、生命にも関わる場合があるため、違和感がある場合には直ちに甲状腺外科などの医療機関を受診することが望ましいです。
4.症状別|甲状腺の病気が疑われるケース
上記でも述べたように、甲状腺の病気にはいくつかの分類があります。
甲状腺の病気になると、甲状腺機能に異常をきたすことが多く、甲状腺ホルモン量の増加あるいは低下によって、さまざまな症状が現れます。
甲状腺の病気によって現れる代表的な症状には、以下のものがあります。
- 甲状腺の腫れ・しこり
- 動悸や息切れ
- 倦怠感や疲れやすさ
- 手指の震え
- 発汗量の増加または肌の乾燥
- 体重の変動
- 抑うつ状態や記憶力の低下
- イライラや不眠症
- 下痢または便秘
- 月経不順
これらの症状が見られる場合には、甲状腺の病気である可能性も考慮した上で、内分泌科や甲状腺外科などの専門の医療機関を受診することがおすすめです。
(1)甲状腺の腫れ・しこり
甲状腺が位置する喉仏の下あたりに腫れやしこりが現れるのは、良性腫瘍や悪性腫瘍(甲状腺がん)の場合に多く見られます。
また、甲状腺の機能自体に異常が生じるバセドウ病や橋本病、亜急性甲状腺炎でも多く見られます。
もっとも、腫れやしこりの状態については違いが見られることも多いです。
例えば、バセドウ病と橋本病では、甲状腺全体が広がるように腫れるのに対して、亜急性甲状腺炎では甲状腺の一部だけに腫れやしこりが見られることがほとんどです。
また、亜急性甲状腺炎では、症状が進むにつれて反対側に腫れが移動する「クリーピング現象」と呼ばれる症状が現れることもあります。
なお、同じ甲状腺の腫れでも、バセドウ病と橋本病ではその腫れ方に違いがあります。
バセドウ病では、ゴムのように弾力のある腫れ方をする一方、橋本病では表面が硬くゴツゴツした腫れ方をすることが多いです。
もっとも、甲状腺の病気では、症状の初期から甲状腺の腫れやしこりが見られることは稀です。
甲状腺の腫れやしこりが大きくなると、周りの組織や器官が圧迫され、痛みやものが飲み込みにくいなどの症状が現れることもあります。
(2)動悸や息切れ
甲状腺ホルモン量の変動を伴うバセドウ病、橋本病、亜急性甲状腺炎などで見られることが多いです。
特に血液中の甲状腺ホルモン量が多い場合には、心臓や血管系のはたらきが過剰に促進されることで、頻脈(脈が早い状態)となり、動悸や息切れなどの症状が現れやすくなります。
また、亜急性甲状腺炎の初期にも甲状腺ホルモンが血液中に過剰に放出されるため、動悸や息切れなどの症状が見られることが多いです。
もっとも、その症状の程度はバセドウ病よりも軽度であることがほとんどです。
なお、橋本病では甲状腺ホルモンの量が低下するため、徐脈(脈が遅い状態)となりますが、甲状腺の組織の破壊が進む過程で血液中の甲状腺ホルモン量が一時的に増加するケース(無痛性甲状腺炎)もあります。
そのため、橋本病の経過中にも血液中の甲状腺ホルモン量が過剰になることで、動悸や息切れといった症状が現れる場合があることに注意が必要です。
(3)倦怠感や疲れやすさ
甲状腺ホルモンの放出量の増減に関わるバセドウ病、橋本病、亜急性甲状腺炎で広く現れる症状です。
これは、甲状腺ホルモンが血液中に過剰に放出されることで、心血管系や自律神経系のはたらきが促進されることで生じます。
また、甲状腺ホルモン量が低下する橋本病では、これらのはたらきが停滞することによって、疲労感や眠気などの症状が現れることが多いです。
このように、甲状腺ホルモン量が多すぎても少なすぎても、倦怠感や疲れやすさといった症状が現れることに注意が必要です。
なお、亜急性甲状腺炎では初期から倦怠感や発熱の症状が現れることから、風邪と間違われてしまうケースが見られます。
また、亜急性甲状腺炎は症状の程度が軽い場合には治療を要せず自然治癒する場合がほとんどであり、このことも甲状腺の病気であることを見逃されてしまう要因となっています。
一般的に亜急性甲状腺炎のほとんどが自然治癒するものの、10~20%ほどの症例では症状が再燃するほか、5~15%ほどでは甲状腺の機能が低下したままとなるため、自己判断せずに適切な医療機関を受診して治療を行うことが大切です。
(4)手指の震え
甲状腺ホルモンが血液中に過剰に放出されてしまうバセドウ病や亜急性甲状腺炎で多く見られる症状です。
これは、甲状腺ホルモンが自律神経系のはたらきを促進する役割を持っているからです。
自律神経系は、私たちが活動するときに作用する「交感神経」と休息やリラックスをしているときにはたらく「副交感神経」の2つから構成されています。
甲状腺ホルモンが過剰に放出されることで、自律神経系のはたらきを刺激し、交感神経を活発化させるカテコールアミンという物質に対する反応の感度が高められることで、筋肉の緊張などが生じます。
これによって、手指の震えといった症状が現れるのです。
特に腕を前に出して手を広げたときに指先が細かく震える場合が多く、コップを持ったときや文字を書くときにも見られます。
亜急性甲状腺炎では比較的軽度であることもありますが、バセドウ病では手指の震えに加えて、筋力の低下なども見られ、特に太腿や背中などの筋力が低下することがあります。
(5)発汗量の増加または肌の乾燥
甲状腺ホルモン量が過剰となるバセドウ病や亜急性甲状腺炎の初期には発汗量の増加が見られ、甲状腺ホルモン量が低下する橋本病では反対に肌の乾燥が見られることが多いです。
これは、甲状腺ホルモンが血液中に過剰に放出されることで、自律神経系にはたらきかけ、基礎代謝を活発化させて体温が上昇することが原因です。
その結果、体が過剰なエネルギーを消費して体温の低下を図ろうとするため、発汗量が急激に増加してしまいます。
特にバセドウ病では全身からの発汗量が増加し、睡眠をとっている間にも寝汗をかくことが多いです。
また、夏場や温暖な環境では暑さを感じやすく、発汗の症状が顕著に見られます。
これに対して、甲状腺ホルモン量が低下する橋本病では、基礎代謝の停滞によって体温が下がり、汗をかきにくくなってしまいます。
これによって寒さを感じやすくなり、手足の冷えや肌の乾燥などの症状が現れるのです。
肌が乾燥することで、冬場には痒みなどを感じやすくなるのも橋本病の特徴的な症状の1つといえます。
(6)体重の変動
甲状腺ホルモンは、肝臓などの臓器のはたらきを助け、脂質やタンパク質などの栄養素を分解・吸収する作用を高める役割も担います。
そのため、甲状腺ホルモン量が増加するバセドウ病においては、これらのはたらきが過剰に高められることによって意図しない体重の減少が生じます。
一方、甲状腺ホルモン量が低下する橋本病では、これらのはたらきが停滞し、エネルギー代謝が低下することで体重が増えてしまうことが多いです。
甲状腺ホルモンは、血液中のコレステロールを吸収・分解するはたらきを持つ低密度リポタンパク質(LDL)受容体という器官を作り出すことを促し、コレステロール値を抑制する役割を担います。
そのため、甲状腺ホルモン量が増加している状態ではコレステロール値が減少し、甲状腺ホルモン量が低下するとコレステロール値が高くなってしまいます。
なお、健康診断でも血中コレステロール値は通常の検査項目として測定されますが、コレステロール値は生活習慣などによっても影響を受けることが多いため、甲状腺の病気であることが見逃されてしまうことも多いです。
体重の増減やコレステロール値の変動が見られる場合には、甲状腺機能に何らかの異常が生じている可能性があることも押さえておきましょう。
(7)抑うつ状態や記憶力の低下
自律神経系のはたらきが停滞することで、抑うつ状態や記憶力の低下などの症状が現れることもあります。
主に甲状腺ホルモン量が低下する橋本病で見られることが多い症状です。
橋本病は30~40代の女性に多く、また高齢者にも見られることがあります。
そのため、更年期障害やうつ病などのほかの病気と混同されることも多く、特に高齢者の場合には認知機能の低下などから認知症と間違われてしまうケースも見られます。
(8)イライラや不眠症
甲状腺ホルモン量が過剰になると、自律神経系のはたらきが高められ、交感神経が活発になることでイライラや落ち着きのなさといった心理状態に陥ることがあります。
特にバセドウ病では多く見られる症状であり、興奮状態が高められることで寝つきが悪くなるなどの不眠症の症状が現れることも多いです。
また、神経が興奮状態となることで集中力が低下し、まとまったことを最後までやり遂げることができなくなったり、物を落としたり転倒しやすくなったりするなど、日常生活にも影響が生じるケースもあります。
もっとも、これらの症状は単に本人の特性や別の精神疾患ととらえられ、甲状腺の病気であることが見逃されてしまう要因になっています。
(9)下痢または便秘
甲状腺ホルモンは、小腸における糖質(炭水化物)の吸収を促進するはたらきがあります。
そのため、甲状腺ホルモン量が増加すると小腸のはたらきが高められて、軟便や下痢などの症状が現れます。
このような症状は特にバセドウ病で多く見られます。
一方、甲状腺ホルモン量が低下すると小腸のはたらきが停滞し、必要な栄養素が消化・吸収されないことによって便秘の症状が現れます。
これは橋本病でよく見られる症状です。
なお、バセドウ病などの甲状腺ホルモン量が増加してしまう病気では、糖質(炭水化物)が過剰に吸収されることで、一時的に血糖値が上昇してしまいます。
そのため、糖尿病の基礎疾患を持つ人がバセドウ病になると、糖尿病の症状が悪化してしまうケースがあるのです。
(10)月経不順
甲状腺の病気は、一般的に男性よりも女性に多い傾向があります。
また、甲状腺ホルモンは卵巣の機能にも影響することから、甲状腺ホルモン量のバランスが崩れることで、月経異常が生じることがあります。
例えば、甲状腺ホルモン量が過剰になるバセドウ病では、女性患者の20~30%程度が何らかの月経異常の症状をきたすことが報告されています。
具体的には、周期が長くなるなどの月経不順や無月経などの症状が現れることがあります。
もっとも、無月経となっても排卵自体がなくなることは稀です。
一方、甲状腺ホルモン量が低下する橋本病では、月経過多となり、症状の進行につれて間隔があいて月経不順となることがあります。
重篤な場合には無月経となり、排卵がなくなったり流産したりするリスクが高くなることに注意が必要です。
もっとも、このようなトラブルは早期に甲状腺の病気を発見し、適切な治療を行うことで回避することができます。
そのため、妊娠を希望される方は健康診断だけでなく、甲状腺の機能の検査も合わせて行うことがおすすめです。
5.甲状腺の病気が疑われる場合の診療の流れ
健康診断で甲状腺の腫れやしこりを指摘された場合や健康診断の結果から甲状腺の病気が疑われる場合には、精密検査を受けることをおすすめします。
特に甲状腺がんの場合には、がんの進行に伴ってさまざまな組織や臓器にがんが転移するリスクもあり、直ちに検査と治療が必要な場合もあります。
また、バセドウ病や橋本病は早期に発見することで適切な治療を行うことができ、症状の大幅な改善が期待できます。
具体的には、以下の流れで進めましょう。
- 専門の医療機関を受診する
- 必要な精密検査を受ける
- 治療計画に従って治療を行う
健康診断を受けることによって、甲状腺の病気を特定できる場合はあまり多くありませんが、健康診断の受診をきっかけとして甲状腺の状態を把握するように努めることが大切です。
(1)専門の医療機関を受診する
まずは専門の医療機関を受診しましょう。
甲状腺は、一般内科や内分泌科などが専門ですが、より詳しい検査を受けたい場合には内分泌科のほか甲状腺専門クリニックもおすすめです。
また、甲状腺にしこりが見られる場合には甲状腺がんの可能性もあるため、より専門的な検査を受けたい場合には甲状腺外科を受診されるのが望ましい場合もあります。
(2)必要な精密検査を受ける
健康診断の結果を踏まえて、異常の存在や程度などについて把握するために精密検査が実施されます。
甲状腺機能に異常が見られる場合には、血液検査が行われることが多いです。
もっとも、血液検査の結果だけでは原因の特定に至らない場合もあり、補充的にほかの検査が実施される場合もあります。
具体的には、以下のような検査が実施されます。
- 血液検査
- 超音波検査
- 穿刺吸引細胞診
それぞれについてご説明します。
#1:血液検査
血液検査では、主に甲状腺刺激ホルモン(TSH)濃度と甲状腺ホルモン濃度の双方が測定されます。
また、甲状腺の病気の中でもバセドウ病と橋本病は自己免疫系を原因として生じるため、自己抗体の濃度を合わせて測定することで、これらの病気を見分けることもできます。
もっとも、甲状腺がんの場合には甲状腺ホルモン量の変化が見られないことが多く、血液検査を行っただけでは原因の特定に至らないことも多いです。
そのため、甲状腺の腫れやしこりの様子を把握する必要があり、後述する超音波検査などが補充的に行われることもあります。
#2:超音波検査
甲状腺に超音波をあてることで、腫れやしこりの大きさ、炎症の有無などについて把握できる検査方法です。
外見からはっきりと分かるような腫れやしこりがある場合はもちろん、手で触ってみても様子が分からない場合にも甲状腺の状態を把握することができます。
特に喉を押さえたときに生じる痛み(圧痛)と同じ箇所にエコーレベルの低い部分が見られる場合には、ほぼ亜急性甲状腺炎であることが特定できます。
また、腫れやしこりが炎症反応によるものか、腫瘍によるものかを見分けることができ、腫瘍については良性と悪性を区別する際に参考とすることも可能です。
甲状腺の細胞や組織を詳細に調べ、良性と悪性の区別を正確に行うためには、次の穿刺吸引細胞診が行われることがあります。
#3:穿刺吸引細胞診
甲状腺の細胞を直接採取して細胞の様子を調べる検査方法です。
注射針よりも細い針を用いて行うため、麻酔は必要なく、体への負担も少ないです。
甲状腺の細胞や組織を直接観察することができ、特に腫瘍については良性か悪性かをほぼ正確に見分けることができます。
甲状腺がんの中でも乳頭がんについては、この検査方法によって高い精度で診断を行うことができます。
(3)治療計画に従って治療を行う
精密検査の結果に基づいて、治療の方針が決定されます。
例えば、亜急性甲状腺炎では、症状が軽度であれば治療を行わず、経過観察にとどまることも多いです。
また、甲状腺ホルモンの増減が数か月以上にわたって継続しているような場合には、抗甲状腺薬または甲状腺ホルモン薬を用いた薬物療法がとられることがあります。
なお、甲状腺がんについては、基本的には摘出手術が行われることがほとんどです。
このように、甲状腺の病気の種類や症状の程度などによっても、行うべき治療方法は異なります。
早期発見をすることができれば、適切な治療によって症状を大幅に改善させたり悪化するのを防ぐことができたりするため、少しでも異変を感じた場合には専門機関を早めに受診しましょう。
まとめ
本記事では、健康診断と甲状腺機能の異常の関係などについて解説しました。
甲状腺は、私たちの体のさまざまな機能にはたらきかけるため、甲状腺の機能に異常が生じた場合には、複数の症状や不調が現れることが多いです。
もっとも、甲状腺機能の異常による症状や不調は典型的なものに乏しく、健康診断の検査項目から直接に甲状腺の病気であることが判明することはあまりありません。
しかし、健康診断を定期的に受診することで、体の異変や不調に気づきやすいということもあります。
そのため、健康診断を受診して終わるのではなく、甲状腺の異常が指摘された場合はもちろん、本記事で紹介したような症状がある場合には、一度甲状腺専門のクリニックなどで精密検査を受けることをおすすめします。