
甲状腺クリーゼとは?診断基準や治療法、予防のポイントを解説
「甲状腺クリーゼとはどんな状態なのか」
「甲状腺クリーゼの治療法や予防のポイントにはどんなものがある?」
甲状腺の病気を治療している方の中には、このような疑問をお持ちの方もいると思います。
通常、甲状腺の病気は処方された薬の用法用量を守り、普段の生活などに注意を払えば、症状の悪化を防ぐことができます。
しかし、場合によっては緊急治療を要する病態もあり、その中の1つが甲状腺クリーゼです。
主に甲状腺の病気が未治療の場合や治療の効果が十分ではない場合に生じるリスクが高まります。
甲状腺クリーゼは重篤な病態であり、放置することで多臓器不全を引き起こして死に至る場合もあるため、速やかな対応が必要です。
本記事では、甲状腺クリーゼの診断基準や症状、治療法などについて解説します。
また、甲状腺クリーゼを予防するために治療中に注意すべきポイントについても解説しますので、日々の治療を進める上で参考となれば幸いです。
1.甲状腺クリーゼとは

甲状腺クリーゼは、甲状腺中毒症を背景として、何らかの事情が関わって、全身の代謝活動が急激に悪化する病態です。
喉仏の下あたりにある甲状腺からは甲状腺ホルモンと呼ばれるホルモンが分泌されています。
甲状腺ホルモンは、エネルギーの消費や熱の産生を調整し、心臓など全身の臓器のはたらきに影響するホルモンです。
甲状腺中毒症とは、体内で甲状腺ホルモンの作用が過剰になっている状態です。
甲状腺ホルモンが過剰に作られる場合だけでなく、甲状腺の炎症によって、蓄えられていたホルモンが血液中に漏れ出す場合等にも起こります。
このような状態に以下のような誘因が加わることで、甲状腺クリーゼのリスクが高まります。
- 肺炎や上気道炎などの感染症
- 自己判断による抗甲状腺薬の中断
- 外傷や外科手術
- ヨード造影剤の使用
- 精神的ストレス など
なお、甲状腺クリーゼの症例のうち、約90%以上は甲状腺機能亢進症(バセドウ病)が基礎疾患となっていることが報告されています。
そして、甲状腺クリーゼでは以下のような症状が見られるケースが多いです。
- 中枢神経症状(不穏、せん妄、精神異常、傾眠、痙攣、昏睡)
- 発熱(38℃以上)
- 頻脈(1分間に130回以上)
- 心不全症状(肺水腫、心原性ショックなど)
- 消化器症状(嘔気、嘔吐、下痢、黄だん)
特に甲状腺中毒症の状態(血中甲状腺ホルモンの中でもFT₃およびFT₄の少なくともいずれか一方が高値)を満たし、見られる症状の内容によって、以下のように評価されます。
| 評価 | 具体的な基準 |
| 確実例 | a.甲状腺中毒症の状態+中枢神経症状+ほかの症状1つ以上 b.甲状腺中毒症の状態+中枢神経症状以外の症状3つ以上 |
| 疑い例 | a.甲状腺中毒症の状態+中枢神経症状以外の症状2つ b.甲状腺中毒症の状態を確認できないものの、甲状腺疾患の既往・眼球突出・甲状腺腫があり、確実例条件のaまたはbを満たす |
※症状は「発熱」、「頻脈」、「心不全症状」、「消化器症状」などの項目ごとに数えます(例えば、嘔吐と下痢が両方あっても、消化器症状として1項目です)。
診断には、ほかの病気による症状との区別も必要です。
この基準は医師が診察や検査結果をもとに用いるものであり、症状の数だけで自己判断することはできません。
甲状腺クリーゼの症例の中でも、意識障害を中心とする中枢神経症状が見られる頻度が高いです。
また、頻脈の症状も多く、1分間に120回以上の頻脈は80%以上の症例で見られることも報告されています。
ただし、高齢者では高熱や多動などの典型的な甲状腺クリーゼの症状が見られない症例もあり、診断の際には注意を要します。
甲状腺クリーゼは重篤な病態であり、直ちに処置を行わなければ多臓器不全に陥り、生命に関わることもあります。
バセドウ病などの治療中に発熱した場合は、感染症や薬の副作用などを確認するため、速やかに医療機関へ相談してください。
特に意識の異常、強い息苦しさ、高熱と激しい動悸を伴う急激な体調悪化がある場合は、119番などで救急対応を求めてください。
バセドウ病のメカニズムや症状などの詳細については、以下の記事でも解説しています。
甲状腺の病気を疑うきっかけとなる主な症状や甲状腺の病気の分類などについては、以下の記事も参考になります。
2.甲状腺クリーゼの治療法

甲状腺クリーゼを発症した場合には、直ちに救急対応を行わなければ生命に関わることもあります。
特に死亡率は約10%程度であることが報告されています。
そして、甲状腺クリーゼの治療は、集中治療室(ICU)での全身管理が基本です。
具体的には、以下のような治療薬を組み合わせた薬物療法がとられます。
- 抗甲状腺薬
- 無機ヨード薬
- β遮断薬
- 副腎皮質ステロイド薬
- 解熱鎮痛剤
なお、甲状腺クリーゼは肺炎などの感染症がトリガーとなって引き起こされることもあります。
そのような場合には、これらの治療薬による薬物療法に加えて、原因となった感染症の治療も行われます。
(1)抗甲状腺薬
甲状腺クリーゼは、甲状腺ホルモンが過剰に分泌される甲状腺中毒症を前提とする病態です。
そのため、抗甲状腺薬を用いて、甲状腺ホルモンの合成を妨げることで症状の改善を目指します。
抗甲状腺薬には以下のような種類があります。
| 抗甲状腺薬の種類 | 作用 |
| チアマゾール(MMI) | 甲状腺ペルオキシダーゼ(TPO)という酵素のはたらきを妨げて甲状腺ホルモンの合成を抑える |
| プロピルチオウラシル(PTU) | ・甲状腺ペルオキシダーゼ(TPO)にヨウ素が結合することを妨げる ・サイロキシン(T₄)がトリヨードサイロニン(T₃)に変換されることを妨げる |
甲状腺クリーゼでは、全身状態や肝機能、妊娠の有無などを踏まえて、チアマゾール(MMI)またはプロピルチオウラシル(PTU)を選択します。
重症であることだけを理由に、必ずプロピルチオウラシル(PTU)が選ばれるわけではありません。
妊娠初期には、チアマゾール(MMI)による胎児への影響を考慮して、プロピルチオウラシル(PTU)を選択することがあります。
一方、授乳中はチアマゾール(MMI)も使用可能であり、薬の種類や投与量を個別に判断します。
ただし、具体的な投与量は、現れている症状の程度などに応じて医師が判断する事柄です。
(2)無機ヨード薬
抗甲状腺薬とともに併用されることが多いのが無機ヨード薬です。
無機ヨード薬は、甲状腺ホルモンの材料となるヨード(ヨウ素)を成分として含んでいます。
無機ヨードを過剰に摂取すると、甲状腺における甲状腺ホルモンの合成が一時的に抑えられ、甲状腺ホルモン濃度を低下させる効果(ウォルフ・チャイコフ効果)が見られます。
そのため、抗甲状腺薬と併用することで、甲状腺ホルモンの合成と分泌を抑え、症状を改善させる効果が期待できます。
なお、無機ヨード薬の使用によって甲状腺クリーゼの予後が改善される可能性が指摘されており、「甲状腺クリーゼ診療ガイドライン2017」では速やかに使用すべきとされています。
(3)β遮断薬
甲状腺ホルモンの作用による頻脈の症状が強く現れている場合には、抗甲状腺薬や無機ヨード薬に加えて、β遮断薬が投与されることもあります。
β遮断薬は、心臓のβ受容体への刺激を抑えることで、甲状腺中毒症に伴う頻脈などを改善します。
ただし、薬の作用が強く表れると、血圧が低下してしまい、ふらつきや目まいなどの副作用が生じる可能性があります。
また、重症の場合やすでに心不全などの合併症がある場合には、β遮断薬を用いることで症状が悪化する可能性がある点に注意しましょう。
(4)副腎皮質ステロイド薬
症状が重篤な場合には、副腎皮質ステロイド薬が投与されることもあります。
副腎皮質ステロイド(副腎皮質ホルモン)は、炎症反応を抑えるはたらきなどを持つホルモンです。
甲状腺クリーゼでは、甲状腺ホルモンが過剰に分泌されることで、体の中の副腎皮質ホルモンが分解され、必要なホルモンが不足する場合があります。
また、副腎皮質ホルモンは甲状腺ホルモンのうちT₄がT₃に変換されるのを抑えるはたらきがあります。
甲状腺ホルモンの中でもT₃は作用が強いため、副腎皮質ステロイド薬によって変換を抑制すると、症状を緩和させる効果が期待できます。
(5)解熱鎮痛剤
発熱の症状が強く現れている場合には、解熱鎮痛剤を用いた治療が行われることがあります。
解熱鎮痛剤は、アセトアミノフェン製剤を用いることが「甲状腺クリーゼ診療ガイドライン2017」で推奨されています。
これは、アセトアミノフェン製剤以外の解熱鎮痛剤を用いると、血液中の甲状腺ホルモン(FT₄、FT₃)の上昇を引き起こす可能性があるからです。
発熱に伴い、発汗などの症状が見られる場合には、十分な輸液と電解質補正が実施されます。
3.甲状腺クリーゼを予防するためのポイント

甲状腺クリーゼは、バセドウ病などの基礎疾患を未治療のまま放置したり、治療の途中で抗甲状腺薬の減薬・中止をしたりすることで、発症リスクにつながります。
そのため、甲状腺ホルモン濃度を正常な範囲に保つことが予防のためのポイントといえます。
特にバセドウ病の診断を受けて治療を行っている場合には、以下の点を意識しましょう。
- 治療薬を自己判断で減薬・中止しない
- 定期的な血液検査を欠かさない
- ストレスや感染症への対策を行う
- 体調不良の場合は早期に主治医に相談する
順にご説明します。
(1)治療薬を自己判断で減薬・中止しない
バセドウ病の治療で抗甲状腺薬を処方されている場合には、主治医から指示された用法用量を守って服用を続けることが大切です。
服用を続けていると、動悸や息切れ、頻脈などの症状が緩和されることがあります。
しかし、その場合にも自己判断で薬の量を減らしたり中止したりしてはいけません。
症状が緩和されても、甲状腺ホルモンは分泌され続けているため、抗甲状腺薬を減薬・中止すると、甲状腺ホルモン濃度が不安定になりやすいです。
この状態でストレスや感染症などの誘因が加わることで、甲状腺クリーゼに陥るリスクが高まります。
そのため、飲み忘れや服薬の中断が続かないようにしましょう。
飲み忘れた場合の対応は、あらかじめ医師や薬剤師に確認してください。
ただし、抗甲状腺薬の服用中に発熱や強い喉の痛みが出た場合は、重大な副作用である無顆粒球症の可能性があります。
次の服用を一旦控え、当日中に処方元へ連絡して、白血球数・好中球数を確認する血液検査を受けてください。
また、服用の再開は医師の指示に従ってください。
抗甲状腺薬による治療を適切に進めるためのポイントについては、以下の記事も参考になります。
(2)定期的な血液検査を欠かさない
治療中には定期的な血液検査を受け、甲状腺ホルモンの数値を把握することも大切です。
甲状腺クリーゼは、甲状腺ホルモンの数値が高いだけで発症するわけではありませんが、甲状腺機能を安定させることで発症のリスクを抑えることにつながります。
甲状腺の機能を評価するためには、甲状腺ホルモンの数値を把握することが必要であり、治療中にも定期的に通院することが重要です。
また、通院の際には主治医に対して症状の程度や変化などを伝えることで、抗甲状腺薬の服用量を調整できる場合があります。
主治医や医療スタッフとも緊密にコミュニケーションをとり、甲状腺機能を安定させることを意識しましょう。
甲状腺の病気が疑われる場合や治療の過程で参照される血液検査の項目については、以下の記事もご覧ください。
(3)ストレスや感染症への対策を行う
甲状腺クリーゼを誘発する代表的なリスク因子には、ストレスや感染症などが挙げられます。
そのため、治療中にはストレスや感染症への対策も心がけましょう。
特にストレスに伴うホルモンバランスの乱れが甲状腺ホルモンのバランスにも影響を与え、甲状腺クリーゼに陥る可能性があります。
治療中は生活習慣を整え、十分な睡眠をとることを意識し、ストレスへの対処を行いましょう。
また、栄養素のバランスを意識した食事を心がけることで、甲状腺機能をサポートすることにもつながります。
なお、感染症のほかにも、外傷や外科手術、妊娠・出産なども甲状腺クリーゼを引き起こすリスク因子です。
バセドウ病などの基礎疾患の治療中に上記のような事態が生じた場合には、甲状腺の病気の既往があることを伝え、甲状腺ホルモンの数値を安定させるための必要な対応を行いましょう。
バセドウ病の治療中に生活上で注意すべきポイントについては、以下の記事も参考になります。
(4)体調不良の場合は早期に主治医に相談する
治療中に少しでも体調不良が生じた場合には、早期に主治医に相談することも重要です。
特に風邪やインフルエンザなどの感染症に罹患した場合には、免疫反応によって炎症性サイトカインと呼ばれる物質が体の中で増加します。
これによって、甲状腺ホルモンの作用が強められてしまい、甲状腺クリーゼを引き起こすリスクが高まります。
また、バセドウ病のほかにも基礎疾患を抱えている場合には、その基礎疾患の悪化によって甲状腺ホルモンのバランスや作用に影響が生じることもあります。
そのため、治療中に原因が分からない症状が現れたり、症状が悪化したりした場合には、早期に主治医に相談して対処などについてアドバイスを受けましょう。
抗甲状腺薬の服用中に発熱した場合は、感染症だけでなく、無顆粒球症などの副作用も考慮する必要があります。
風邪と自己判断せず、速やかに処方元へ連絡してください。
また、著しい頻脈や嘔吐・下痢などの胃腸障害、せん妄(言動に混乱が見られる状態)などの意識障害が生じた場合には、直ちに救急対応が必要です。
4.甲状腺クリーゼについてよくある質問

甲状腺クリーゼに陥る頻度は多くありませんが、発症すると迅速な治療を要します。
甲状腺の病気の診断・治療に従事してきた当院では、甲状腺クリーゼについて以下のような相談や質問が寄せられます。
- 甲状腺クリーゼの前兆となる症状はなんですか?
- 甲状腺ホルモン濃度の高さは甲状腺クリーゼの発症リスクと関係ありますか?
- バセドウ病以外の甲状腺の病気では甲状腺クリーゼのリスクはありませんか?
特にバセドウ病の診断を受けた方や現在治療を行っている方は、甲状腺クリーゼの主な症状や原因、予防のポイントについて深く理解しておくことが重要です。
(1)甲状腺クリーゼの前兆となる症状はなんですか?
甲状腺クリーゼは、発症の前に決まった症状が見られるわけではありません。
しかし、バセドウ病などの甲状腺の病気の治療中にストレスや感染症などのショックが加わることで発症するリスクが高まります。
また、抗甲状腺薬の副作用として、血液中の好中球が減少する「無顆粒球症」によって抵抗力が低下し、感染症を引き起こしやすくなる場合があります。
このほか、抗甲状腺薬の副作用として、稀に肝機能障害が生じ、全身の倦怠感や黄だんなどの症状が見られることがあります。
抗甲状腺薬の副作用による症状と甲状腺クリーゼに見られる症状には共通するものもあるため、判断が難しい場合には迷わずに救急対応を優先しましょう。
(2)甲状腺ホルモン濃度の高さは甲状腺クリーゼの発症リスクと関係ありますか?
甲状腺ホルモン濃度が高いだけで直ちに甲状腺クリーゼを発症するわけではありません。
また、甲状腺ホルモン濃度の数値と甲状腺クリーゼの重症度合いは必ずしも相関しないことも報告されています。
そのため、甲状腺ホルモンの数値が正常値をやや上回っている場合でも、感染症などの誘因が加わることで甲状腺クリーゼに陥る可能性も考えられます。
処方されている抗甲状腺薬の用法用量をしっかりと守るとともに、定期的な血液検査などを受け、甲状腺ホルモンの数値が正常となるように治療を行うことが大切です。
(3)バセドウ病以外の甲状腺の病気では甲状腺クリーゼのリスクはありませんか?
甲状腺クリーゼの多くの症例では甲状腺機能亢進症(バセドウ病)を基礎疾患としていますが、バセドウ病以外の甲状腺の病気でも甲状腺クリーゼを発症するリスクがあります。
例えば、バセドウ病と同じく甲状腺機能亢進症を引き起こす原因となる中毒性結節性甲状腺腫(プランマー病)から甲状腺クリーゼを発症した報告例もあります。
また、破壊性甲状腺炎を基礎疾患として甲状腺クリーゼを発症した症例もあり、バセドウ病以外の甲状腺の病気であっても、甲状腺クリーゼを引き起こさないとは限りません。
どのような甲状腺の病気であっても、甲状腺機能の改善・維持に努めることが甲状腺クリーゼのリスクを抑えることにつながるでしょう。
まとめ
本記事では、甲状腺クリーゼの診断基準や主な症状、予防のために意識したいポイントなどについて解説しました。
甲状腺クリーゼは、バセドウ病などによる甲状腺中毒症を背景に、意識や心臓、肝臓などに重い障害が起こる、生命に関わる病態です。
感染症や服薬の中断などが誘因となることがあります。
予防の基本は、定期的な通院と適切な治療を受け、甲状腺機能を安定させることです。
意識の異常や強い息苦しさ、高熱と激しい動悸を伴う急激な体調悪化がある場合は、119番などで救急対応を求めてください。
また、抗甲状腺薬の服用中に発熱や強い喉の痛みが出た場合は、無顆粒球症の可能性もあるため、次の服用を一旦控え、当日中に処方元へ連絡しましょう。




